2017年6月23日金曜日

「楽しい」の意味が広がっている?



4月に入社した新入社員も、入社からそろそろ3カ月が経ち、とっくに現場に出ている人も、まだまだ研修が続く人もいろいろでしょうが、会社にはそれなりに慣れてきたころではないかと思います。

もう5、6年前から思っていることですが、いろいろな会社の新入社員たちに、「会社はどう?」「慣れた?」などと声をかけると、「楽しい」という言葉で返されることが増えたように思っています。「会社は楽しいです」「仕事は楽しいです」「楽しくやれています」などと言います。

思えば、トップクラスのアスリートのインタビューでも、「試合を楽しむ」「楽しんでプレーする」など、「楽しい」という表現をよく聞きます。
そもそも「プレイ(Play)」の言葉の意味として、一番初めに出てくるのが“遊び”ですから、「楽しい」という表現は、決しておかしなものではありません。

ただ、これは間違いなく自分が古い世代だからということですが、会社や仕事の場面で「楽しい」と言われると、そこからはどうしても遊びの場面を連想してしまい、正直ちょっとゆるい甘えたニュアンスに捉えてしまいます。単純に「楽しい」という言い方は、あまりふさわしくないと思ってしまいます。

しかし、最近の「楽しい」の中身を注意して聞いていると、「前向きに取り組めている」「やりがいを感じている」といったポジティブなニュアンスが、いくつも含まれていることに気づきます。いろいろなことをひとまとめにして「楽しい」と言っているようです。

ここで思い出したのは「ヤバい」という言葉です。私たちの世代でも使う言葉ですが、そこでのニュアンスは「マズい」「良くない」「危ない」といった、ネガティブな意味合いがほとんどです。
これに対して、最近の「ヤバい」の中には、「すごい」「かなり」「最高」のような、ポジティブな意味が含まれていて、正反対の意味を文脈の中で切り分けています。時代とともに、言葉の意味付けが広がってきたということです。

「楽しい」という言葉には、さすがに正反対のネガティブな意味はありませんが、もしかするとこの「楽しい」も、同じように言葉の意味付けが広がっているのではないかでしょうか。

このような言葉の変化を、「本来の意味でない」「日本語の乱れ」という人がいますが、私はそうは思いません。言葉というのは、時代とともに変わっていくのが当然だからです。

批判する人の言葉の基準は、たぶん自分の子供時代から青年期あたりにかけてのものだと思いますが、その言葉も違う時代の人が聞いたらかなり違和感があるはずです。例えば平安時代の人と現代人では、会話がほとんど成り立たないでしょう。ですから、最近の言葉の語彙の変化を、「若者言葉」などと批判的に言うのは、私はただの言いがかりだと思います。

ここで気をつけなければならないのは、同じ言葉でも微妙に捉え方が違っているということは、お互いの受け取り方や理解の仕方に、すれ違いが起こるかもしれないということです。
当人は純粋な気持ちで「楽しい」と言っているのに、相手は勝手に「不真面目な言い方」と思っていたりするかもしれません。

こんな言葉のニュアンスは、それが変わってきている、広がってきているということを、お互いに意識していないとコミュニケーションにずれが生じます。
ただ一方的に「言葉が乱れている」などと否定せず、相手の言っているニュアンスをしっかり聞くことの方が大事だと思います。


0 件のコメント:

コメントを投稿