2017年10月23日月曜日

意外に大きい「年令」という相性



かつてのような年功序列制度はほとんどなくなり、仕事ぶりは年令ではなく能力、実績、成果で評価されるようになってきています。確かに年令が上だからと言って、その人が役職や立場も同じように上ではないことが増え、「年下上司」や「年上部下」の話は、どこの会社でも普通に聞くようになりました。

一般的な企業の人事制度やその他の仕組みの中で、年令による区別や有利不利というのは、少なくとも表向きのルールの中ではほとんどなくなっていますし、実際にもそれなりの運用がされるようになっています。
しかし、差別やえこひいきといったことも一切抜きにした、人間の純粋な本音の気持ちの部分で見ていると、これは私自身も含めてですが、「年令」を気にしていることは実は結構多いと感じています。

例えば、私自身のコンサルタントとしての仕事で言えば、お付き合いをしていく企業の経営者や管理者、懇意にしている関係者の年令層は、自分と同年令周辺の方々が確実に多いです。これは決してこちらからそういう選び方や営業の仕方をしている訳ではなく、顧客からの選ばれ方がそうだということです。

多くの企業で中核を担う人材は、だいたい30代後半から50代前半くらいまでが多いですが、顧客からしても、やはり自分と年令の近い相手の方が話しやすい、相談しやすい、コミュニケーションが取りやすいと思うようで、例えば私と世代が違う同業者のコンサルタントに聞いても、自分の年令とプラスマイナス5、6才の間の顧客からの仕事が一番多く、実際に仕事をしていてもいろいろとスムーズに進められることが多いと言っていました。

これは仕事以外でも同じで、もしも会社で全社員が参加するパーティーその他の集まりがあったとして、特に席次でも指定されない限りは、たぶん同じ部署でなおかつ同世代でかたまる人が多いです。

これは完全に実力主義のプロスポーツのような世界であっても、例えば同じチーム内でも行動を共にするのは比較的同世代が多いとか、代表チームなどに選抜された合宿のような場所でも、食事中や余暇などの場面では、何となく同い年くらいの人たちでつるんでいるとか、そんな話は多々あります。

もちろん、どんな場所にも世代に関係なく交流する人はいますが、これもあくまで組織上の役割を意識してのことか、もしくは日頃交流が少ない人と意識的に話そうと考えたか、いずれにしても無意識ということではないはずです。何か特に意識をしていなければ、たぶん知っている者同士、なおかつ年令が近い人同士で行動していることが多くなると思います。

こうやって見ていくと、年令の近しさというのはそれが誰にとっても気楽で落ち着いて安心できるということですから、これはもう一部の人の偏った心理ということではありません。このような「年令の相性」というのは、わりと人間の本能の近くにあるのではないでしょうか。

少し前にシニア世代の活躍について書いたことがありますが、私が現場を見ていてネックと感じるのは、自分よりも年上を受け入れる経営者や管理者が意外に少ないということです。表向きには仕事能力のことを言いますが、やはり「年令」という要素は大きく、初めは年令は関係ないなどと言う人でも、突っ込んで聞いていくとやはり年令的な縛りの意識があったりします。シニアが多く活躍している職場は、実は経営者や監督者が結構高齢で、その人にとってはみんな年下ということがあります。

もし「年令」の感じ方に、人間が持っている本能的なものが関係しているのだとすれば、これは理屈や制度だけでどうにかできることではありません。組織に属する人にとって居心地が良く、それを効率的に運営しようと考えると、この「年令」はとても重要なファクターということになります。「年令」を十分に意識して、人の組み合わせをよく考えて、それをうまく利用するということが必要になります。

「年令ではない」けれども「年令はある」というのはある種の矛盾ですが、これを意識せずに組織をまとめていくのは意外に大変だと思います。


2017年10月20日金曜日

「変わること」が苦手なら「変わらずに適応できる場所」を探さなければならない



企業に勤める40代から50代のシニア世代に対して、キャリア指導をしている人が書いた記事の中にあった話ですが、この世代に向けたキャリア研修での感想には、「このまま定年で退職して悠々自適できるような時代ではないと自覚した」というようなものが多いそうです。

「悠々自適」という言葉の意味は、“自分の思うままに心静かに生活を送ること”なので、少なくともそれまでのような働き方を続けるイメージではないと思いますが、高齢化社会で年金受給もあてにならなくなっていくことを考えると、そうはいかない人の方が多くなっていくのは確かなことでしょう。

この研修の感想を見て思うのは、意識を変える必要性を自覚したという反面、「悠々自適」が許されるならばそれを望んでいたとも読み取れます。
そういう気持ちであったとすると、いくらここで自覚したと言っても、そこから具体的に意識を変え、行動を変えていくのはかなり大変なことですし、気持ちの切り替えも含めてそれなりの時間がかかるでしょう。

さらに、40代、50代というシニア世代になってくると、変化に対応したり、気持ちをもう一度焚き付けたりすることは、どちらかといえば難しくなります。
私は雇用されていないので少し立場が違いますが、同世代で何となく気持ちがわかるということで、この感覚を少し悪い言い方で表現をすれば、「心配は募るがそこまでのやる気は出ない」という感じではないでしょうか。
やる気が出ないなどとあからさまには言いづらいですが、本音ではそんな感覚のシニア世代も意外に多いのではないかと思います。

そうは言っても自分たちの生活のためには何かをしていかなければならず、「生涯現役でなければならない」という人も増えてきています。
ではどうすればよいかと具体的に考えると、私は40代、50代といったシニア世代の人にできるのは、「どうやって新しいことを身につけるか」ではなく、「今までの経験や能力をどうやって活かして貢献するか」ということしかないと思っています。
いくつになっても新しいチャレンジをし続ける人はもちろんいますが、全体を見ればそういう人は圧倒的に少数で、多くの人ができるのは「今持っているものをどう活かすか」です。

そこで本人が考えなければならないのは、「自分の能力、経験に価値を見出してくれる人や企業がどこにいるのか」ということです。しかし、これを考えられない、想像もできないというようなシニアが、かなり多いと感じます。

私のある知人に、「自分の経験があれば中小企業の指導くらいすぐできるから、コンサルタントでもやろうと思っている」などと、自分の経験に自信過剰な人がいましたが、そんな人がいる一方、「自分の経験は特殊で狭く、自社の特化したことなので、他に活かせることはないとあきらめている」などと、初めから自分の経験を卑下して思考停止している人がいます。

どちらの場合も、自分の能力や経験を客観視できていない点が共通していますが、一つの会社に長らく勤めてきた人や社外との接点が少ない人は、自分の能力が活かせる環境を考えること自体が難しいのも確かです。
また、特にシニア世代の場合、行った先の企業から「できると思ったがダメだった」と言われてしまう話は比較的多いですが、変化が苦手なシニア世代では仕方がない面もあります。若い世代以上にぴったりしたマッチングを考えなければなりません。

その人の持つ経験、能力というのは、実際にそれが発揮されているところを見なければ、他人からはなかなか理解しづらいですが、それを本人さえ自覚できていないとなると、せっかく持っている知識や経験は埋もれてしまいます。それは本人にとっても社会にとってももったいないことです。

「変わること」が苦手なシニア世代は、「変わらなくても適応できる場所」を探さなければなりません。それがどこかを見つけ出すのはなかなか難しいことですが、まずは当事者である自分がその意識を持つことが必要ではないでしょうか。


2017年10月18日水曜日

約束事なのに上下関係を盾に迫られる?



あるカフェで、少し強めの口調で仕事の電話をしている男性がいました。どうも発注元の担当者らしき人と話しているようで、依頼されていた作業をドタキャンされたようです。

「なぜわかった段階ですぐに知らせてくれないのか」と言っていますから、たぶん連絡がないままで直前まで放置されていたのでしょう。
「仕事がキャンセルなら、もっと早く言ってくれれば他の予定が組めたのに」と言っていたので、それなりに忙しい、現場で直接の作業に関わる個人か小さな法人の技術職という感じでした。

その後、「今後こういうことは、わかった段階ですぐに連絡してほしい」と言っていましたが、それを何度も何度も繰り返していたので、先方から確約の返事がなかったのでしょう。
どんどん口調が強まっていたので、先方からは言い訳なのか、屁理屈なのか、あまり納得できないことを言い続けられていたようです。もしかすると謝罪の言葉もなかったのかもしれません。

これは私の個人的な想像も入った一方的な印象ですが、この人のことを「発注元に上から押さえつけられてかわいそうだ」と思いました。約束事を破ったのは確実に向こうのはずですが、被害を被ったのはこちらだけです。そして、この「下請けのつらさ」「現場への押し付け」のような、約束事なのに上下関係を盾に迫られることは、かなり多くの話を耳にするところです。
それは、発注側と受注側という関係だけでなく、会社と社員、上司と部下、管理者と現場など、組織内でも起こっています。そして、そのしわ寄せは、ほぼ確実に下位のもの、末端の側にいくようになります。これはうれしいことでも好ましいことでもありません。

実は私自身は、ほとんどこういう目にあったことがありません。その理由は簡単で、「約束を破った実績のある人とは仕事上の付き合いをしなかったから」ということです。会社員時代はたまたまそういう人に出会わずに済んだことが幸運でしたし、独立してからはWin-Winでの付き合いができない人は排除してきたということがあります。逆に言えば、自分にできることは、「そういう人からの仕事は請けない」「そういう人とは付き合わない」ということくらいしかできないということでもあります。

そしてそのことは、「多くの仕事を請けて収益を上げる」ということには反することでもあります。仕事である限り、「選り好みをしない」「苦労があっても引き受ける」ということも必要ではありますが、私は不誠実な人には耐えられないので、あえてそうはしませんでした。その結果として、「約束事の上下関係」に巻き込まれることはありませんでした。

「約束事の上下関係」に立ち向かうには、私は毅然とした態度を貫くしかないと思っています。それで一時的には損をしたり被害を被ったりすることもあるかもしれませんが、その結果として、周りには信頼できてWin-Winを築ける人だけが残りますから、長い目で見ればより良い形につながります。
ただ、これも上下関係を盾に約束を反故にする人がいなければ、気にする必要もないことです。できるだけそういう世界に近づけばよいと思います。