2015年5月29日金曜日

社内では気づきづらい「現象」から離れたところにある「原因」


目に見えている「現象」のすぐ近くに「原因」があるとは限らないということは、多くの人はすでに経験上わかっていることで、今さら言うほどのことでもないだろうと思います。

ただ、自分の会社での課題など、身近で起こっていることの場合、このあたりの状況が客観的に把握できていないと思われることがよくあります。
そうなる理由は、個人間の親密度や思い入れ、その他主観的な要素がたくさんあるということ、世間の状況や他社事例など、客観的に判断するための情報量が少ないということがあります。

社内ということで、様々な事情を把握しているつもりでいて、その上でいろいろな対策を一生懸命に考えていても、それが「原因」に届いていそうだと思っていても、それを私たちコンサルタントのような第三者的な立場の者が見ると、実はそうでもないことがあります。

人の問題として起こっている「現象」の場合、その「原因」は特に複雑に絡み合っていることが多いです。
例えば、“組織内でのコミュニケーション不足が見られるから”と言って、その手法を研修する、面談を義務付けてよく話をする、レクレーション行事をやってお互いがつながる機会を作る、などということを行います。
一般的にはよくやる方法で、王道なのかもしれませんが、これはコミュニケーション不足の「原因」を、“スキル不足”“時間の不足”“面識の不足”などにあると判断して、その対策をしているということです。

しかし、この手の課題は「原因」が全く別のところにあることが良くあります。
私が経験した例ですが、組織上のポジションとして、全社のコミュニケーションの中心にいる事業部長が、部下たちからの人望が全くなく、信頼されていなかったということが、コミュニケーション不足の「原因」となっていたことがありました。社員のヒアリングをしていく中から、徐々にわかってきたことでした。

彼の上司にあたる人は、経営幹部である役員クラスしかいませんでしたし、役員たちと事業部長との関係はすこぶる良好でしたので、その事業部長と部下との関係性までを把握している人は、経営幹部には誰もいませんでした。
ただ、コミュニケーション不足の問題は認識していたので、会社としてその状況に対する意見を、部下である一般社員たちにいろいろ聞いていたことはあったようです。

しかし、この部下たちからすれば、役員クラスに気に入られているこの事業部長のことを、コミュニケーション不足の「原因」だと表立っては言いづらく、意見としていえるのは、キレイごとのような話しかなく、なかなか解決には至らなかったようです。
こういうことは、第三者の方が比較的気づきやすいということがあります。

私がこの時に提案して実際に行なったのは、多少の組織変更と人員の異動によって、この事業部長に集中していたコミュニケーションルートと、部下に対する権限を分散するということでした。本人のプライドにも十分に配慮したことで、わりとスムーズに事は進み、コミュニケーション不足の多くの部分は解消することができました。

「『現象』から離れたところに『原因』がある」ということは、頭ではわかっていても、自分の日常に近いことであると、なかなか視野を広げられないということがあります。
本当の「原因」を見極めるためには、いろいろな視点を活用する必要があるのだろうと思います。


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