2014年12月22日月曜日

「意見を持っていない」のか、それとも「意見があっても言えない」のか


ある会社での、部長とリーダーのやり取りからです。

部長はリーダーに、「もっと積極的にいろいろな提案をして、自分から動いてほしい」と言っています。全般的に自分から率先して動き出したり、周囲を巻き込んでいくような行動というところが、少々不足しているようです。

これに対するリーダーの反応は、「はい・・・」「そうですね・・・」と今一つな感じです。ちょっとおとなしそうで内向的なタイプにも見えるので、自分が先頭に立って動くようなことは、あまり得意ではないのかもしれません。

ちょっとお邪魔かと思いながらも、そのやり取りに対して私がリーダーに尋ねたのは、「意見があるけど言いづらくて言えない場合と、そもそも自分が気にも留めていないことで、意見自体を持っていない場合と、どちらの場合が多いですか?」ということです。

それに対してのお答えは、「うーん・・・。半分半分くらいですかね・・・」とのこと。まぁ私にとっては想定通りの答えです。
だいたいこの質問は、誰に聞いたとしても「言えないことも考えてないことも、その時と場合によって両方がある」というのが一般的な答えです。
その割合については、本人の性格や能力によっていろいろですが、少なくとも「全部言えないことばかり」か、もしくは「何一つ考えていない」という両極端の人にだけには、いまだ出会ったことがありません。ほぼすべての人が、この両方の要素を持っています。

これがどういうことかというと、「意見を持っていない」ということについては、考える能力を身につけさせなければならないということで、業務経験や教育研修、その他の経験などを通じて、時間を掛けなければ変わっていきません。そもそも能力的に厳しいのかもしれません。

一方、「意見があっても言えない」ということについては、自分なりに考える力はあるということであり、少し環境を変えればそれを表現できるかもしれないということで、短期的に変われる可能性があるということです。そしてどんな人でも、一部にはすぐに変われる可能性を持っているということです。

こういう話をしたときに、上司側の反応で多いのは、「そんなのは甘やかしすぎ」「リーダーほどの立場なら、それくらいは自分で何とかすべき」というようなことです。
確かにこれは間違っていません。私だって「いい年の大人でそれなりの経験もあって、相応の立場になっているんだから、それくらいは自分でどうにかしようよ」と言いたいところです。

しかし、そう言い切ってしまうのは、「相手が変わらない限り、自分は変われない」と言っているようなもので、結局は現状をそのまま放置するということにつながります。

それよりは、意見を持っているならそれを吸い上げる環境を作り、言っても大丈夫なんだという成功体験をさせ、自発的に考える習慣づけを徐々にしていった方が、会社としての情報収集の面でも、リーダーの人材育成の面でも、プラスが多いように思います。

相手がリーダークラスともなると、ついつい「自分で何とかしろ!」と言いたくなってしまいますが、会社の変革や進歩のためと割り切れば、私は多少の甘やかしと思われることでも実行した方が得策だと思います。

どこの会社でもありそうなやり取りですが、皆さんの会社ではどのように感じられるでしょうか。


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