2017年8月23日水曜日

よく考えなければならない「減らした残業代」の使い道



大和総研の試算では、残業時間の上限が月平均で60時間に規制されると残業代は最大で年8兆5000億円減少し、国民の所得が大きく減る可能性があるとの記事がありました。

試算によると、政府が働き方改革の一環として導入を目指している罰則付きの残業時間規制では、1人当たりの残業は月60時間が上限となりますが、これによって労働者全体では月3億8454万時間の残業が減り、これを年間の残業代に換算すると8兆5000億円に相当するということです。
これを新規雇用で穴埋めしようとすると、240万人のフルタイム労働者を確保する必要があるとのことですが、今の人手不足の中では難しいことです。
これは個人消費の逆風となりかねず、賃金上昇につながる労働生産性の向上が不可欠だとコメントされていました。

特に最近取り組みが広がっている長時間労働の是正のための残業規制ですが、この取り組み自体は、もうずいぶん前からおこなわれていることです。なかなか思うように進まないということだと思いますが、私が現場の様子を見ていてその理由の一つだと思うことに、経営者をはじめとした会社と、現場で働く社員との間での残業に対する認識のずれがあります。

会社は「ある程度の残業は仕方がない」としながらも、どこかで必ず「仕事量が同じでももっと効率よくできるはず」と思っています。もちろん会社ごとにばらつきはありますが、残業はどちらかといえば必要“悪”であり、その費用は“コスト”という捉え方です。
一方社員の方では、残業代は「働いた時間に見合った報酬」であり、その報酬は大事な“生活の糧”でもあります。こちらも人によって捉え方のばらつきはありますが、もらって当然の“既得権”のものであり、“年収の一部”として計算に含められていることが多いです。
お互いがこのギャップを埋めて、同じ方向を向くことはなかなか難しいでしょう。

最近の「働き方改革」の議論は労働時間を減らすことが中心ですが、それだけではこの試算のように所得も減ります。この点についてはあまり強調されていませんが、それはやはり残業代は“コスト”という発想で、あわよくばそれをカットしたいという会社側の気持ちが勝っているからではないでしょうか。

時間を減らして生産性を上げるということは、時間当たりの労働の密度を上げるということになりますが、ではその密度を上げたことに対する報酬については、今のところあまり議論されていません。
たいした策がないままで労働の密度だけが増せば、当然現場の負荷は増します。仕事は大変になり、でも収入は減り、それに対して会社が提示するメリットは「早く帰れる」「労働時間が減る」ということだけになってしまいます。それではちょっと割に合わない感じがします。

これは「働き方改革」が言われる少し前のことですが、ある会社で残業対策をおこなうにあたって、残業代も含んだ当初の人件費予算は変えないことを宣言して、残業削減で得られた原資はすべて社員の給与に還元する仕組みを取り入れています。主に賞与の際の評価を通じてこの配分をおこない、もし非効率な残業が多いと評価される人がいたとすれば、それに見合った賞与減額もありえます。
必ずしも思い通りとはいかないものの、残業抑制と効率的な働き方の推進という面での効果は出ているということでした。

今のような取り組みが進められていけば、長時間労働や残業は必ず抑制されていくと思いますが、そこで「減らした残業代」は、その使い道をよく考えなければ、本当に景気への悪影響を及ぼすようなことになりかねません。
もちろん内部留保や社内設備の充実も、広い意味では会社のため、社員のためになりますが、自分たちの報酬がそちらに入れ替わってしまうと考えると、社員としてはなかなか納得できないでしょう。

「減らした残業代」の使い道について、いろいろな企業の動きはこれからも注視していきたいと思います。


2017年8月21日月曜日

「昔は良かった」という話を冷静に考えると



ここ最近、「昔は良かった」というような話を聞く機会が増えています。そういうことを言う年代の人が周りに多いからだと思います。
だいたいが私と同世代近くの40代後半以上から、多くはやはり60代以上の人からそういう話を聞きます。内容は社会全体のことや会社のこと、人間の振る舞いに関するようなことです。その世代よりも若い人では、そういうことを言う人はほとんどなく、仮に話があっても個人的な懐かしみのようなものです。

先日も「今の人間関係は希薄で昔は良かった」という人がいました。昔の方が直接会って言葉を交わすフェイストゥフェイスのコミュニケーションや、電話などで直接肉声を伝えるようなものが多かったのでお互いの関係がもっと濃密だったが、今はメールやLINEなど、相手とのつながりが薄い感じがして味気ないそうです。ダイレクトなつながりが少なく感じ、「昔は良かった」なのだそうです。

こういう話に対して、私はまったく同意できません。
確かに人間関係全般が希薄になっているところはあるかもしれませんが、逆に昔はなかった手段がたくさんできて、昔よりもコミュニケーションがとりやすくなっています。
30年近くさかのぼると、その頃は郵便か電報かファックスか、あとは固定電話か直接会うくらいしか手段がなかった訳ですから、タイミングが合わずにつながりを作る機会を逸していたり、時間や場所の制約を受けていたりしていたはずです。

今はメールやLINEやメッセンジャーも、スカイプやチャットやショートメッセージも、それぞれ使い道が違う様々なコミュニケーション手段があります。昔だったら1週間かかったかもしれない連絡が場合によっては5分で取れますし、いちいち呼び出して直接話すほどでもないことは、メールでもLINEでも事足ります。
テレビ電話が使えますから、遠く離れていても相手の表情を見ながら会話できますし、写真や動画のやり取りも簡単にできますから、情報は伝えやすいはずです。

「昔は良かった」という人は、こういう環境を知らないのかもしれないですし、使う気もないのかもしれませんが、そこにあるのは論理ではなく「感情」によるものしかありません。

以前、人事制度の導入や改訂をしたいくつかの会社で、「前の方がよかった」と言われたことがあります。「制度がない頃の方がよかった」「前の制度の方がよかった」と言います。
その話を聞いていくと、いろいろ理由が並べられますが、論理的な理由があって実際に対応しなければならないものは本当にごく一部だけで、それ以外のほとんどは自分の裁量余地が減ったことに対する不満であったり、慣れていないためにただ「何となくやりづらい」ということだったりしました。
これは、「昔は良かった」という話と同じような、論理というより「感情」にもとづくものです。

「昔は良かった」というたぐいの話を聞いていると、昔のごく一部のことにフォーカスしていて、それが減ったりなくなったりしていることを感覚的、感情的に嘆いていて、今の方がよくなっていることには注目していないことが多いようです。

私も昔をなつかしいと思うことはたくさんありますが、「昔は良かった」ということはあまりありません。冷静に考えればやはり今の方が便利ですし選択肢も多いです。
時間とともになくなってしまうものへの寂しさはありますが、なくなるということはそれに代わるものが出てきているか、そのもの自体が不要になったかということであり、本当に必要なものは何らかの形で残るはずです。

歴史などを通じて昔の出来事に学ぶことは大切ですが、歴史を戻すことは無意味だと思います。「昔は良かった」もあってよいと思いますが、冷静に論理的に考えれば、実はそれほどではないことも多いはずです。やはり過去は変えられないもので、変えられる可能性があるのはこれから先の未来のことだけです。
「昔は良かった」は、私としてはあまり言いたくない言葉です。

2017年8月18日金曜日

トヨタの「効率よい働き方の新制度」はそれほど新しくはなかったが・・・



最近の報道で、トヨタ自動車が効率よい働き方を促す新制度を導入したというものがありました。
各社の記事には「裁量労働制の拡大」とか「脱時間給」とか「高度プロフェッショナル人材制度に代わるもの」とか、いろいろなことが書かれていたので、果たしてどんな制度なのか興味を持ってみたところ、見出しとのあまりの違いにちょっと驚きました。

内容としては、残業時間に関係なく毎月45時間分の残業代(月17万円)を支給するというもので、実際の残業が45時間を超えれば残業代を追加支給するのだそうです。事務や研究開発に携わる主に30代の係長クラスの約7800人が対象で、本人が申請して会社が承認する条件とのことです。

本人申請という点は確かに特徴的といえばそうですが、それ以外の点は、法律に則った「固定残業代制」と何ら変わりはありません。目的が「効率よい働き方を促して生産性を高める」ということなので、それは運用次第で可能かもしれませんが、世間一般で“新しい”とまでいえる内容ではありません。

トヨタでは、すでに法規定に則った企画専門職に対する裁量労働制を導入しているということですが、報道されていた「裁量労働制の拡大」とは全然違いますし、法に則って残業代を算出して追加支給もするということですから、「脱時間給」ではまったくありません。そんなことから「高度プロフェッショナル人材制度」とは何一つつながることはありません。

中には正しく報道したところもあったようですが、なぜこんな事実とかけ離れた報道が数多くされたのか、理由はよくわかりません。トヨタほどの会社がやることだから、画期的に新しいことだと思い込んでしまったのか、もしくは何か強く期待するところがあったのかもしれません。

興味を持って記事を読んだ私は期待外れ感が満載ですが、それはさておき、私も企業の人事制度を作るということに数多く取り組む立場から言わせてもらうと、現状の法規制の中で報酬をある程度固定給にして、その範囲で自己裁量によって働いてもらおうという仕組みを考えると、現状では結局こうするくらいしか方法がないということです。

この「固定残業代制」は、労働時間に関わらず一定の残業代相当額を保証するものですから、長時間残業が削減されなければ、会社としては負担増になります。この制度が直接効率化につながるものではないですし、日々のマネジメントは当然それなりに必要になります。

また、見方によっては、所定労働時間に固定残業分の時間がプラスされたということも言えます。運用として、全員を固定残業分の時間数ギリギリの労働時間で管理することが一番効率的ともいえるので、運用のしかたによっては自由な働き方にはなりません。
経営者は無駄な時間稼ぎをするような働き方は許せないでしょうが、その一方で相変わらず残業代未払いが多数発覚してくる現状では、労働時間規制を外せば働く側が不利益を被る危険性は高まるでしょうから、給料と労働時間の関係を安易に切り離すのも好ましいとは思えません。

トヨタ自動車の新制度は、それほど新しいものではなかったですが、こうやって社員の働き方の選択肢を増やし、その組み合わせの中で日々の管理をしていくしか、効率化を進めていく方法はないことを示したということでは、意義があるのだと思います。

「仕事の成果は時間数だけじゃないけど時間数もある」とあらためて感じます。