2016年9月28日水曜日

カルビー会長の「4時に帰れ」の命令で思う、実はシンプルかもしれない長時間労働対策

あるウェブサイトで、カルビー 松本晃会長のインタビュー記事を目にしました。 
「ダイバーシティ」が話題の中心で、特に女性活躍について語られているものでしたが、ある女性を、社員約900名、売上400億以上の事業本部のトップにするにあたって、「何でもいいから4時に帰れ」という命令を与え、それができないなら会社を辞めるか職を辞退するかというふうに迫ったそうです。 

その女性には当時小4と小1の子供がおり、ダイバーシティは働き方改革も同時に進めなければ実現しないと考えから、こういう命令をされたようです。この女性事業本部長は、今もその命令を忠実に守っているそうですが、何も問題が起こったことはないそうです。 

松本氏は「会社にベンチマーキングを作れば変わる」とおっしゃっていて、働き方改革で最初に言ったのはとにかく早く帰れ」「時に帰れ」「終わったら帰れ」ったそうです 
今は「会社なんか来るな」と言っていて、ともかく、今はツールが揃っているので仕事毎日オフィスに来る必要はないということだそうです 

長時間労働や残業対策に悩んでいる会社は多く、私も相談を受けることがありますが、多くの会社で見られる基本的な考え方は、「残業には必要なものとそうでないものがあり、減らしたいのは不要な残業であり、必要な残業はしてもらわなければ困るということです。 
要は長時間労働やむを得ない場合は必要と認めており、それを仕事の中身選別しようとしていて、それ周りから見極めることが難しいので、残業なかなか減らないということです。 

ただここで会長や社長といった会社のトップが時間数にコミットして、とにかく早く帰れ」と言い続けたとしたら、現場はその方針に基づいて動かざるを得ません。 
特に日本の場合は、もともとの文化として、長時間労働を称賛するようなところがあります。朝早くからご苦労様」「遅くまでお疲れ様」という言葉がかけられるということは、長い時間働くことが美徳でよいことだという深層心理があるからで、これは多くの経営者心理でも同じだと思います。 

表面的には「早く帰れ」「効率的に」などと言っていたとしても、本音の部分では違っていたりしますから、そのニュアンスは社員にも伝わり、どんな施策をとったとしても、その徹底度は薄れてしまうでしょう。 

このカルビーの例を見て思ったのは、長時間労働対策というのは実はシンプルなことで、経営者が気になって、そのことを本気と本音で言い続けるということだけなのではないかということです。 

部下には「早く帰れ」と言いながら、自分はいつまでも残って仕事をしている経営者や管理者は大勢いますし、そもそも長時間労働をしなければ、仕事は回らないし業績も下がると思っている人もたくさんいます。 
また、受注型や請負の仕事では、顧客都合に引きずられて、労働時間を減らすことが難しい事情もあります。現場としては業績責任もありますから、それを考えるとどうしても顧客事情が優先されてしまうでしょう。 
こういう意識や環境のままで残業規制をしても、実際にはサービス残業が増えたりするだけで、あまり効果が上がらないことも多いです。 

んな状況をみていると、現場レベルの作業管理やマネジメントだけで残業問題を解決することはできそうにありません。顧客との交渉、作業効率化のための投資、業績低下が起こった場合の責任引き受けなど、会社全体の責任を負える人が先頭に立たなければ難しく、それができるのは経営者だけです。 

その昔、毎週日曜の1だけの休みから週休2日に移行した時期がありましたが、その頃の企業業績が全面的に低下したかというと、そんなことはありませんでした労働時間と業績は、必ずしも比例しないということです。 

人口減少の中での人材活用を考えると、長時間労働への対策は必須です。そこで最も効果的な対策は、実はとてもシンプルで、「経営者が先頭に立って、取り組みを徹底する」ということではないかと思いました。 

2016年9月26日月曜日

「積極採用」と「厳選採用」との間のバランス



成長基調で事業が拡大している企業の場合、特に最近は人手不足の傾向が顕著に表れています。
積極的な採用活動を展開していても、望ましい人材がなかなか確保できません。そうなると、どうしても採用人数を優先しがちになってきます。決して基準を下げているつもりがないにもかかわらず、無意識のうちの徐々にそうなっているケースもあります。

そんな「積極採用」の時によく見られるのは、応募者に対する「善意の解釈」です。
「ちょっと気になるところはあるが、たぶん何とかなるだろう」
「ちょっと能力は足りないかもしれないが、教えれば何とかなるだろう」
「直接の経験はないが、この経験が応用できそうだから大丈夫だろう」
というような感じです。

そして、こういう判断をした結果として、総じてよく見られるのは「やっぱり最初に心配した通りで、何とかならなかった」という状況です。これはあくまで私が経験してきた中での個人的な感覚ですが、初めに心配したことが結局当たっていたという確率は、7割8割という感じであるように思っています。

こうなると、本人も仕事がつらい、向いていないという状況を自覚するので、多くが辞めていってしまいます。会社としてはさらにまたその人員の補充もしなければならなくなり、俗に言われる「ザルで水をすくう」という悪循環に陥ります。採用活動の労力とお金ばかりがかかり、結果があまりついて来ないということです。

ただ、これも私が見てきた経験でのことですが、成長していく企業には必ずこういう時期があります。知名度は低く応募者を集められない、でも人は欲しいという環境の中で「積極採用」を行う会社では、一度は通らなければならない道なのかもしれません。

それでも、どうにかこうにか人を増やしながら、こういう活動を何年か続けていると、会社の中では徐々に疑問が湧いてきます。「こんなやり方はお金と労力の無駄ではないか」「やはり採用基準が甘いのではないか」ということです。
こうなってくると、今度は今までのやり方では効率的ではないということで、特に“量より質だ”という方向が強まっていきます。俗に言われる「厳選採用」へのシフトです。

採用スタッフの体制を強化し、今までよりは厳し目の採用基準で、「善意の解釈」はやめるという形になっていくことが多いです。
そうなれば当然、今までのような採用人数は維持しづらくなりますから、特に現場の人手不足感が強い場合は、「もっと人数確保を!」という圧力が強まってきます。

そして、ここから先は、企業によって「もっと数」なのか、「もっと質」なのかの判断は異なってきます。その時の会社状況によって、「積極採用」と「厳選採用」との間で、バランスを取り始めます。 

企業の採用活動で、数と質のバランスを取ることなど、当然のことだと思われるかもしれません。ただ、自社にとっての最高の「積極採用」と、最高の「厳選採用」の両極端を経験しなければ、その間にある、その時その時の適切なバランスを見つけ出すことは、なかなかできません。

人事の課題解決は、どんなものでもそうですが、会社としての経験の積み重ねが必要です。

2016年9月23日金曜日

「社内運動会」の復活に思うこ



最近、「社内運動会」が復活する傾向にあるという話があります。
社内運動会と言われると、ひと昔前のイメージがありますが、このところ実施する企業数は増えているのだそうです。

社内運動会の開催を、会場手配から設営、運営までを一括して請け負う代行業者もあるそうで、その中のある団体では、企業からの依頼数は年々倍増する勢いなのだそうです。

この団体の代表は、社内運動会が増えている理由を「リアルコミュニケーションの飢え」だと言っています。
「ITツールなどでコミュニケーションをはかる企業があるが、仕事以外に共通の話題を持ちにくく、その点、社内運動会は社員にニューヒーローが誕生したり、業務中だけではわからないリーダー資質が見られたり、交流のない部署の方と協力し合えたりと、スポーツだからこそのコミュニケーションを生み出す効果が期待できる」とのことです。
確かに最近の企業内のコミュニケーション事情を見ていると、何となくわかるような気がします。

また、かつてこの手の社内行事の代表格は「社員旅行」でしたが、要する日数や宿泊費などでかなりの経費がかかるため、1日で済むことや費用を抑えられて効果もそれなりに高いと評価される「社内運動会」のニーズが増えているようです。

企業側の開催目的としては、「従業員のモチベーションアップ」を一番に位置付ける企業が多いそうで、実際に実施したある企業では、その効果を「数字には出しにくい面はあるが、計測できない効果が期待できる」と答えています。

私が注目したのは、この「計測しにくい効果」という部分です。最近の日本企業が、一番排除してきた部分ではないかと思うからです。
私は人事コンサルタントという立場で企業の支援をする訳ですが、数年前に特に言われたのは、「短期的」で「目に見える成果」ということでした。
人事制度の導入効果、研修の実施効果といった効果測定に類することで、最近でこそ、中長期の視点も含めて、これらの情報を可視化、定量化して、次の施策に活かそうという動きがありますが、その当時は、本当に目先の短期的な成果を問われるということがありました。

例えば、研修を一度くらいやったからといって、その人が急に開眼して変わることはありません。ある時期に目覚めたとしても、それを長続きさせるためには継続的な取り組みが必要です。
ただ、そこで「短期的な成果を!」と言われると、それを実現するのは、なかなか難しいことです。人事施策で効果を得るには、やはりそれなりの時間と継続が必要です。

中には、短期的な成果があるというセールストークの研修プログラムなどがありますが、私から見れば、その時の瞬間的なインパクトが強いので短期的に成果が上がったように見えるものの、長い目で追いかければ元に戻ってしまっているようなものが大半です。

ただ、ここ最近でまた「計測しにくい効果」などということが言われ始めているということは、会社の風土、雰囲気、社員の表情といった、肌感覚に近い要素が、あらためて見直されてきているということなのだと思います。成果を定量化、数値化の中で追い続けてきた反動のようにも感じます。

私はこういう揺り戻しのような動きは、良い面と悪い面の両方があると思っています。
良い面は、こういう「計測しにくい効果」にも注目しなければならないという問題意識が復活したこと、悪い面では、それを昔と同じままの肌感覚の捉え方で済ませてしまおうとしているように見えることです。
「計測しにくい効果」を計測しにくいそのままで放置しては、効果を次に再現することが難しくなります。「計測しにくい効果」でも、何か計測できる指標はないか、方法はないかを考えて、それが仮説であっても検証することを続けなければ、「計測しにくい効果」はいずれまた端に追いやられてしまうと思います。

「社内運動会」が増える傾向は、私は好ましいことだと思います。ただしその効果は、もっと論理的に検証していく必要があるはずです。