2017年4月26日水曜日

「分断勤務」という自営業的な働き方には、向かない性格の人もいる



NTTドコモが、1日の勤務時間を分けて働ける「分断勤務制度」を導入することを決めたという話題がありました。
すでに導入済みのテレワーク制度と合わせて、例えば、社内で5時間働いて、帰宅後に自宅で2時間働くなど、1日の所定勤務時間(7時間半)さえ満たせば、時間や場所にとらわれずに働けるということです。
働く時間帯を柔軟に設定できることで、深夜作業や海外対応への考慮がしやすくなり、子育てや介護を抱える人にもメリットがあるとのことです。

これを見て私が一番初めに思ったのは、「私たちのような自営業者の働き方と同じ」ということです。
私たちには1日の所定労働時間などという縛りはなく、その分自由度の高い働き方ができますが、代わりに確実に保障された報酬もありません。
時間や場所に多少の縛りがあったとしても、雇用関係による身分の安定と、毎月一定の収入が保障された状態で、私たちと同様な働き方ができるというのは、ある意味うらやましい感じもします。

柔軟な働き方が指向される流れは、これからも当分変わらないのだと思いますが、ここで私が気になるのは、会社で働く、雇われるということに慣れた人たちが、果たしてこの「自営業的な働き方」になじめるのだろうかということです。

もう5年以上前なので、そのころからは意識がずいぶん変化していると思いますが、あるセミナーで講師をしたとき、「在宅勤務をやりたいか」という問いに対する反応は、やりたい人とやりたくない人の割合がほぼ半々で、やりたくないと答える人が、思いのほか多いと思ったことがありました。

どちらかと言えば男性の方が後ろ向きな人が多く、その理由は「家に帰ってまで仕事なんて冗談じゃない」「家はくつろぐところで、仕事をやるスイッチが入らない」など、家では気が乗らないという本人の気分の問題や、「ずっと家にいるのは気が滅入る」「“会社”“仕事”という最も正当な外出理由を手放したくない」など、在宅しなくないというようなものもありました。

こんな家族観や職業観も、今は少なくなってきていると思いますが、本音ではこんなことを思っている人もまだまだいるのでしょう。

さらに「自営業的に働く」ということには、かなりの自己管理的な要素が含まれてきます。これについて、私は本人の性格や資質に左右されることがかなり大きいと思っており、向いている人といない人、もっと言うとできる人とできない人で、大きな差が出てくるのではないかと思っています。

「分断勤務」で考えられる効果として、良い面で言えば生産性アップ、時間効率のアップということですが、これは売上増につながるような生産性向上とは少し違いますし、急に人件費が減るというものでもありませんので、大きな利益貢献も考えづらいでしょう。

逆にマイナスの影響があるとすれば、これは自己管理が苦手な社員たちの行動の問題です。本当の自営業であれば、自分のさぼりは収入に直接影響してきますから、自己管理が必須というインセンティブが働きますが、そうでなかったとすると、自己管理ができない人はどんどんそのままの方向に引きずられていきます。これは会社の業績悪化につながってしまうでしょう。
ここでは、仕事の成果を問う、評価を明確にするといったことで縛りをかけていくのでしょうが、これもやり過ぎると、制度本来の意義がなくなってしまいます。

「働き方改革」で、特にワークスタイルに関する部分を見ていくと、社員個人に「自営業的」な自己管理を求められているところが多いように思います。ここ最近、米国系の有名企業でリモートワークの制度をやめるところが出ていますが、たぶんこのあたりに問題があったのでしょう。

日本人は比較的真面目だということで言えば、そこまでの問題にはならないかもしれませんが、「自己管理が苦手な人」への自由度を高めるということに関する心構えは必要です。

ダメな自営業は個人の責任でつぶれるしかありませんが、会社はそうはいきません。在宅勤務や分断勤務で業績が下がってしまっては、まさに本末転倒です。
「働き方改革」での制度設計や社員の指導には、まだまだ多くの工夫が必要だと思います。

2017年4月24日月曜日

やはり守られない「採用指針」は、もう無くしても良いのではないか?

来春入社の新卒採用について、経団連の「採用指針」で定められた時期によらず、すでに内定が続々と出され、前年比でもその率が急上昇しているという報道がありました。
人手不足の中、企業は優秀な人材確保のため、内定を前倒しして囲い込みを進めているということです。

以前の「就職協定」から、その後は「倫理憲章」の呼称で緩やかなガイドラインが作られ、さらに平成25年からは成長戦略の一環として、「世界に通用する人材育成のために、学生の就職活動期間を短縮して学業に専念できる時間をより長くする」という政府の要請により、拘束力を強めた「採用選考指針」となって今に至ります。

ただ、この要請のころは就職氷河期だったこともあり、就職活動が長期化する学生が続出して、学業に支障が出てきていたという事情がありました。
開始時期を遅らせるという方法が適切だったのかには疑問がありますが、就活に苦労して落ち着いた学校生活を送れない学生たちを目にしていた中では、そういう規制もやむを得ないと思っていました。

しかし、ここ数年は売り手市場の傾向が強まり、今年は私の周りでも、すでに内定をもらったという学生が思った以上にどんどん出ています。内定先も、まさに経団連に加盟しているような企業なので、指針が明らかに有名無実化していることがわかります。

ただ、だからといって、これで誰かが困っているかというと、実際にはそうでもありません。学生は早く就活を終えて学校生活に集中できますから、採用指針自体の目的は達成されています。大変なのは企業側の採用担当ですが、こればかりは自社の目標達成に向けて動くしかありません。採用活動はそもそも他社との競争であり、このこと自体は環境がどうであっても変わらないことです。

しいて困った人がいるとすれば、それは「採用指針」を真面目に守ろうとした人たちで、特に企業側には出遅れて機会を逸しているところがあるかもしれません。ただし学生側の出遅れは、今年についてはあまり問題なく収束すると思われますから、それほど困ることはないでしょう。

ここで、もう言い尽くされている今さらな話ですが、「そもそも企業による青田買いはいけないことなのか」ということです。
かつて言われたのは、「過剰な囲い込みが学生に自由な活動を阻害する」ということでしたが、売り手市場での選択権は学生主導なわけで、企業がどんな囲い込みをしたとしても、最終的に決めるのは学生の側です。

また、「就職を目標に大学を選んだ者は、早期内定するとその後勉強をしなくなる」といったものもありましたが、今はどんな大企業でも入社がゴールではありません。定年まで勤めあげるケースは減ってきていますし、学ばずに会社にしがみつこうという戦略が大いなるリスクになることを、多くの学生は理解しています。

例えば、アルバイトに来ている大学一年生に、「卒業したらうちに就職しないか?」と声をかけて、それを本人が受け入れたとしたら、相当な青田買いには間違いありませんが、これが良くないこととは到底思えません。何か問題があるとすれば、例えばその後本人の心変わりがあって、それを会社が受け入れずに変な仕打ちをするとか、本人の意思に反した囲い込みをするとか、そんな非常識なことくらいでしょう。

そもそも、4年も5年も先の採用を確約するというのは、企業としてはやりづらいですから、青田買いといっても、せいぜい1、2年先くらいまでの話でしょう。

少子化で学生の数は徐々に減っていくことがわかっていますし、労働人口自体も減る中で、就職活動における売り手市場の傾向は、基本的には今後も変わらないでしょう。企業の採用活動は長引きやすくなり、新卒採用も一括採用から通年採用の方向に変わっていかざるを得ないと思います。

新卒の一括採用には、社員を自社の色に染めやすい、初等教育が効率的といった利点がある一方、自社に染まってもらう前提なので、ミスマッチに学生側が無理して合わせようとしていることがあります。
それを防ぐために、本来の意味でのインターンシップなどが活用されればよいですが、これすら青田買いだとして規制しようという動きがあると聞きます。

採用活動の現場でも、俗に言われる“ゲームチェンジ”は進んでいます。それに見合わない協定、指針はもういらないと思います。


2017年4月21日金曜日

「口は出すけど手は出さない」上司と「自分でやって部下に任せない」上司



それぞれ別の会社ですが、上司に対するこんな批判を聞きました。

一つは、自分の上司が「口は出すけど手は出さない」という話でした。
上司に指示を仰ぐと「君に任せた」というそうですが、そのつもりで仕事を進めていると、しばらくしてから「ああだこうだ」といろいろ口出しされるのだそうです。
しかし、その口出しは問題指摘ばかりで、それに対する上司からの具体的な支援や具体策の例示はなく、また自力でしばらく仕事を進めていると、同じように口出しがあるのだそうです。
本人としては手戻りを防きたいので、途中でいろいろ確認しに行きますが、その時にはあまり具体的な指示はされず、ある程度ゴールが見えてきたときに限って、口を出されて手戻りが起こる繰り返しだそうです。
「一方的なダメ出しばかり」「自分では何もしようとしない」「まるで評論家」という不満がいっぱいだということです。

もう一つの話は、上司が「自分でやって部下に任せない」という話です。
上司が何でも自分だけで仕事を進めてしまい、部下にはそれをあまり任せようとしないのだそうです。それで仕事が回るならばよいのですが、その上司がいろいろ抱え込んでしまうおかげで、いつまでもペンディングになっている課題があったり、期限遅れが発生したりするなど、仕事の進み具合に問題があるそうです。

部下には仕事の全体像があまり伝えられず、指示されるのは単純作業のようなものも多く、それに嫌気がさして辞めてしまう者も何人かいたようです。
部下たちは、「任せてくれないので仕事が覚えられない」「同じような仕事ばかりで進歩がない」「期限が迫った単純作業ばかりをしていて、仕事が面白くない」という不満があるそうです。

 これらの例ほど極端ではないにしろ、同じようなタイプの上司に出会ったことは、みんな一度や二度はあると思いますし、上司としての自分にも同じようなところがあると感じる人もいると思います。

 それぞれの話は、一見すると正反対の両極端にも見えますが、どちらも当てはまる共通点があります。
それは、部下には「実質任せていない」ということと、仕事を「教えていない」「指導していない」ということです。

ただ、それぞれの背景には多少の違いがあります。 
 前者の話では、あえて教えずに考えさせようとしている可能性もなくはないですが、そうでないとすれば、「仕事を教えられるだけのスキル、経験が足りない」ということです。口出しするのが上司としての精いっぱいのプライドかもしれませんし、その中身が果たして適切なのかはわかりません。もしかすると、まったくの専門外の人なのかもしれません。

 一方、後者の話では「スキルはあるが教えようとしていない」ということです。「見て覚えろ」という古風な感じかもしれませんし、仕事を取られたくないのか、自分でやらなければ気が済まないのか、そのあたりの理由はよくわかりませんが、部下に育ってほしいという思いは希薄で、育てることのメリットもあまり感じていないようです。

 こういう上司に対して、部下の立場からできることというのは実際には意外に少なく、どちらの場合もただ根気よくアプローチをしていくくらいしか手はありません。そんな根気にも限度があるでしょう。

こればかりは、その上司のさらに上席の管理職や、会社全体の人事まで含めて考えなければなりません。上司本人への指導や研修、フォローする人材の配置や部署異動というところまで考慮する必要があります。

ただ、こういう話は、当事者だけの固有の問題として閉じ込められているケースが意外に多いです。たいていの場合は「部下が上司のやり方に合わせる」という話で終わってしまいます。

上司にも問題がある場合の解決策を、部下たちの対応だけに求めても、それはなかなかうまくいきません。また、部下からの批判に対して、上司には上司の言い分があるはずです。

こんな組織の問題解決には、関係する周りの人たちすべての協力が必要です。組織に属するすべての人が当事者だということを、忘れてはいけないと思います。